SWAN SONG(スワン・ソング)(Le.Chocolat/フライングシャイン)

凄い、とは思うのよ。間違いなく。

スタート直後に大地震に遭い、吹雪の中を歩かされ、自閉症の少女・あろえとの出会い。幾人かと一緒になり、ささやかな安息の日々、それを捨てての避難所への合流。しばし落ち着いた日々、やがて覆う不安と窮乏と敵意と狂気、死、死、死、死、死、おびただしい死。ご都合主義とほぼ全ての救いを打ち捨ててての終局。
ラストがこれしかない、ということはないだろう。そう思い、そして探し当てた別のエンディングは、でも精度も密度も最初のものよりは大きく劣るものでしかなかった。おれは基本的に登場人物には幸せになってほしい甘ちゃんだが、いくらなんでもこちらをよしとはしない。

つまり、「マルチシナリオ・マルチエンディング」という惹句とは異なり、このゲームのエンディングは、最初にたどり着いた最果てのひとつだけしかない。スタートからその終局までの道のりはごく自然で、物語にも登場人物にも無茶はさせていない。現実世界の街でこういう破局が起きたとき、こういう結末に至る可能性は、もしかしたら高いのかもしれない。

でも、おれが読みたいのはこれじゃないのだよ。人類はどうやら伸びしろを失い、世界は概ねどうしようもなく、毎日おどろくほど多くの人が争いの中で死んでいる、それはいまさら言われなくても知っている。だからこそ、絶望的な状況で、それでもぎりぎりどうにか生きていく彼らの物語が、つけたしみたいなのではなくちゃんとしたそれが読みたいのだ。甘ちゃんと言わば言え。

あろえの手による石像が最後に立った、そのことをもって救いと見なす人もいるだろう。でもおれは、あろえがこれからもっといろんなことをするのを見たいのだ。救済なんて要らない。続く物語が見たい。

でも、凄いと思う。一人でも多く、届くべき人の手に届いてほしいと思う。エロシーンぶったぎってもどうせ18禁だろうけど、コンシューマ移植を夢想する。